南野陽子の「濡れ場シーン」が最高にエロい映画3選【ネタバレあり】

南野陽子の「濡れ場シーン」がエロい映画3選【ネタバレあり】

この記事では、南野陽子が濡れ場を演じた映画を紹介します。

南野陽子と言えば、1980年代を代表するトップアイドルですよね。顔が可愛いだけでなく、歌や演技にも定評があり、歌手や女優としても大きな活躍をしてきました。

そんな南野陽子ですが、歌手活動休止後にいくつかの映画で濡れ場を演じています。南野陽子が演じる濡れ場はどこか切なさがあって、ぎゅっと守りたくなる印象を抱いてしまいますよ。

前置きはこのくらいにして、南野陽子の濡れ場シーンのある映画を紹介します。

南野陽子の「濡れ場シーン」がエロい映画2選

南野陽子の「濡れ場シーン」がある作品は、次の通り。補足として、グラビア写真集についても紹介します。

南野陽子の濡れ場作品

  • 映画1:私を抱いてそしてキスして
  • 映画2:寒椿

映画のあらすじと濡れ場シーンを解説します。(※ネタバレ内容を含んでいます。

映画1:私を抱いてそしてキスして

この映画は、日本で初めてエイズ問題を題材に作られたヒューマン映画です。エイズ感染者の苦しみや、世間の目からの葛藤が描かれています。

作品は、エイズ感染者である合田圭子(南野陽子)が、周囲に励まされながら、残りの少ない人生を懸命に生きる物語です。この作品はノンフィクションであり、実際のエイズ感染者の取材を元に作られました。エイズに対する理解が少なかった時代の差別や偏見を忠実に再現しています。

映画作品というよりかは、ドキュメンタリーを見ているようでした。しかし、「同性愛者がかかる病気、精神が病むとエイズが進行する」などの誤解を招くようなセリフもあり、エイズという病気を理解する映画としてはオススメできないと思います。

濡れ場シーン


©1992「私を抱いてそしてキスして」製作委員会より

高野晶(赤井英和)とセックスするシーンです。自身の体がエイズウイルスによって蝕まれていく怖さに耐えきれなくなり、自ら抱擁し愛を求めます。


©1992「私を抱いてそしてキスして」製作委員会より

寂しさや怖さを紛らわすかのように行為を続けます。圭子は晶にエイズであることを知らせずに自分の欲望のままに行為に及びます。


©1992「私を抱いてそしてキスして」製作委員会より

エイズ感染者の死を実際に目の当たりにし、自分と重ね合わせて考え涙します。その夜、晶と再びセックスした後についに自分がエイズ感染者であることを打ち明けます。

南野陽子はエイズ感染者の役を演じるために8kgの減量をしたそうです。演技においても病による恐怖心を演じきっており、南野陽子の女優としての本気を見た気がします。

(記事下に移動します)

映画2:寒椿

この映画は、小説家である宮尾登美子の小説をもとに、実写映画化したものです。女性の華やかな世界観が描かれており、南野陽子が芸妓役で登場します。公開当時は「あの南野陽子が脱いだ」と大きな話題となりました。

作品は、昭和初期の高知の芸妓を舞台にしています。貞子(南野陽子)は父親の借金のカタとして芸妓紹介業に売られてしまいますが、貞子はひるむ事なく厳しい稽古に耐え抜きます。そして「牡丹」という源氏名を与られ、美しい芸妓へと成長していきます。

芸妓の華やかな表部分と、身売りされた女性の悲しい裏部分の両面を見ることの出来る作品でした。裏部分の切なさを絶妙に表現出来たのは、映画演出に加え南野陽子の圧倒的演技があったからだと思います。明るい表情の中にも、どこか憂いのある面影は、見ている側の心をギュッと掴まれた気分にさせられました。

濡れ場シーン


©1992「寒椿」製作委員会より

父親の借金の代償として、貞子が体を売るシーンです。処女である貞子は、涙を流し抵抗しながらも、お客と体を1つにします。


©1992「寒椿」製作委員会より

仁王山(高嶋政宏)に無理やり犯されるシーンです。牡丹(貞子)への愛が強すぎる仁王山は、無理やり牡丹を拉致し性行為を始めます。牡丹はその行為に耐える事しか出来ませんでした。

濡れ場シーンは少なめでした。また、どれも愛のある行為ではなく、牡丹にとって苦痛な行為でしかありませんでした。しかし、その行為を必死で耐える表情はどこか儚げで美しさを感じましたね。

おまけ:グラビア写真集について

アイドル全盛期だった時代、南野陽子は多くのグラビア写真集を出版していました。ただ、それらの写真集は現在では絶版となっています。

しかし、2018年に50歳記念となる写真集を発売したのはご存知でしたか?Kindle版として発売されており、絶版ではないので紹介します。

2018年:南野陽子 写真集「奇跡の50歳」

50歳記念のグラビア写真集です。


「奇跡の50歳」より 撮影:西田幸樹

50歳には見えない美しさと細身のスタイルです。露出はかなり控えめですが、それでも理想の熟女って感じです。

正直、そこまで売れなかったようですが、南野陽子のファンなら確保しておきたい1冊です。

南野陽子の経歴と濡れ場の出演を決めたきっかけ

南野陽子のデビューから現在までの経歴と、濡れ場シーンへの出演を決めたきっかけをまとめました。

経歴をプレイバック

1984年:ドラマに出演

芸能界での初仕事はドラマ「名門私立女子高校」です。役柄は脇役ではありますが、すでにニューアイドルとして注目されていました。

そして、その翌年には、ドラマ「スケバン刑事Ⅱ」の主演に抜擢され、一気に知名度を上げることとなります。ちなみに当時の給料はなんと月給3万円だったみたいです。事務所に搾取されていたようですね。

1985〜1990年代:アイドル兼歌手としても活躍

女優として活躍する一方、アイドル兼歌手としても活躍します。「はいからさんが通る」「吐息でネット」など、南野陽子の出す曲はどれも大ヒット曲となり、オリコンシングルチャートの1位を常に独占します。

また、主題歌と同名映画である「はいからさんが通る」では、作中の南野陽子の衣装が反響を呼びました。当時は、卒業式や成人式に女子が袴を履くスタイルが広まるほど、計り知れない南野陽子の影響力を感じさせましたね。

当時は好きなアイドルのブロマイド集めるのが主流でした。そんな時代に南野陽子は年間売上で第1位だったほど人気を集めていました。

2011年:一般男性と結婚

南野陽子が43歳の時に、4つ歳下の男性と結婚します。晩婚である南野陽子は後の取材に「ノリで結婚した」と答えています。

しかし、旦那さんはあまり良くない噂が飛び交っており、職業詐称や金銭トラブルなどで一時問題となっていました。離婚は秒読みかと騒がれていましたが、現在も離婚することなく夫婦生活を営んでいるようです。

2021年(現在):女優業・メディア露出が激減

現在54歳の南野陽子ですが、今も昔に劣らず美しいプロポーションを維持しています。しかし、全盛期と比較すると映画出演やメディアへの露出は激減しているようです。時折、ドラマに出演されることもありますがどれも脇役です。

激減した理由としては、旦那の影響があるかと思います。結婚当初から金銭関係で良からぬ噂が飛びがっていましたからね。ただ、南野陽子自体も芸能界を常に辞めたいと思っていたようなので、仕事が減っていくことは本意なのでしょう。

丁度今年に入り、映画「いのちの停車場」に出演されていました。映画の出演自体10年ぶり(結婚以来初の映画出演)となり、南野陽子も役作りのために金髪にするなど試行錯誤をされたようです。

濡れ場の出演を決めたきっかけ

テレビや雑誌取材で濡れ場に関する直接的な話はなかったので、以下はあくまでも考察になります。

結論から言うと、女優としての南野陽子を発揮したかったのではないでしょうか。1992年に歌手活動を休止した南野陽子は女優業に専念します。その頃から徐々に濡れ場シーンを演じるようになりました。

初の濡れ場となる映画「寒椿」の公開インタビューで、「脱いだわりに胸は大きくなかったが」と言われた際に南野陽子は「たしかに私の胸は小さいです。だけど、バージンなのに胸が大きかったら、はかなげな感じがしないと思います」と堂々と答えています。

このことからも、女優として、自身の役柄に向き合っている様子が伺えます。

結果として、濡れ場を演じた作品である「寒椿」と「私を抱いてそしてキスして」で日本アカデミー賞の主演女優賞を受賞していますからね。濡れ場も演じられる女優への方向転換は成功だったと思います。

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